マラソン2時間40分と全国制覇の旅

村上春樹氏とランニングにみる積み重ねの考え方

村上春樹氏とランニングに見る積み重ねの考え方

ふと気づいたランニングの文学的な一面

便利にものがある世の中で、
ただひたすらアナログな繰り返しに興味を持ち、楽しむ。
そこに、なにかしらの可能性を感じる。

とても不思議なことです。

車もなかった時代、携帯もなかった時代よりランナー人口は確実に増えています。
ランニングの文化には文学的な一面がありそうです。

村上春樹氏とランニングから思うこと

作家の村上春樹氏がランニングを続けていることは有名です。
記録としてもニューヨークシティマラソンで3時間31分で走っていますのでかなりガチです。

村上春樹氏ご自身とマラソンについてきれいにまとめられているまとめを見つけましたので、ぜひご参考に。

村上春樹がランニングを欠かさない理由がアツい。

『走ることについて語るときに僕の語ること』の中で、次のように語っています。

そして本当に価値のあるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。 たとえむなしい行為であったとしても、それは決して愚かしい行為ではないはずだ。僕はそう考える。実感として、そして経験則として。

村上春樹氏が走り始めたのは1982年、33歳のときです。

で、その1982年に僕は生まれ、2013年から走り始めているので、30歳からです。
近しい年に走り始めた僕の感覚を持ち立ちだすと、 30歳くらいになると、ひょっとすると何かの準備をするために走ろうとしているんじゃないか、ということ。

僕の場合、なんなのか明確にわかっているわけではないですし、競争の要素が強いので、 あくまでそう感じる部分がある、というだけのことなんですが。

これもまたあくまで感覚でしかないのですが、 村上春樹氏の『走ること』についての文章を読ませていただくと、 野球選手のイチロー選手が『ヒットを打つこと』についてインタビューなどで語っていることとすごく近しいことをお話されている気がします。

そういえば、彼らは『日本に対する見方』や『ルーチン・ワーク』など、共通点というか一部共通の思想は流れているようです。
イチロー選手の長く在籍したシアトルマリナーズは西海岸ですが、村上春樹氏が影響を受けたとされるのも西海岸文化ですね。

これはたまたまでしょうけど。

そして、共通していえるのが彼らには『積み重ね』には非常に重みがありますが、 市民でも『積み重ね』を実感できるのがランニング―走るということでもありそうです。

登山や、マラソンは何が楽しいかわからない、という人たちもいらっしゃいますが、 この感覚をどう脳やカラダが受け取るかなのかもしれません。

まとめ、というか感じたこと

若い頃はいろいろま新しいことをみていって、その中で壊れていくものもあって、 たらまあいい経験だったですみますが、年齢を重ねるにつれ、積み重ねにより重視を置く。

身体的、肉体的な成長を感じるのが難しくなってくるタイミングで、 その中で着実に自分が前に、進んでいる証を知らず知らずに求めているのでしょうか。

う~ん、書いてみて読み返すとなんだか普段より文学的な感じになってしまった感が。
『読書家としての僕』でいうと、10作以上は村上春樹氏の小説読んでますが、村上春樹フリークではないんですけどね。

といいつつ、まだ書き足りないので、村上春樹氏とランニングについて書き続けるとそれだけですごく長くなってしまいそうなので、また今後書いていきたいと思います。

僕はいずれにしても、ランに関して違う見方をすると、 また別のモチベーションがわいてきます。
積み重ねを意識することで、違う楽しみ方ができそうです。

ただひたすら繰り返し行う動きに興味を持ち、楽しむ。
そこに、なにかしらの可能性を感じる。

とても不思議なことです。

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