マラソン2時間40分と全国制覇の旅

第1回サンスポ古河はなももマラソン

茨城県古河市で行われたサンスポ古河はなももマラソン。 大会自体も第1回、私自身もまともに走ろうと思って記念すべき初フルマラソンだったので、思い出しながら書いてみることにします。

まだ走り始めて3ヶ月足らずだったので、単純にフルマラソンに憧れを抱いている状態での出走です。 東京から行きやすいこと、東京からのアクセスがよいことでとりあえず登録。 もともと走っていた親の話だとやはり、サブスリーは難しそう。ゴール予定時間を3時間29分にしてエントリー。

大会前には急に走り始めたせいか痛くなっている左足の腸脛靭帯の調子が思わしくなく、 20km歩いたりと恐る恐るの調整をしていたと記憶。

実際の大会は当日シャトルバスが運行されていて、意外と駅から遠いなと思いつつも、 至れり尽くせりの気分でフルマラソンってすごいなぁと思いつつ、とりあえず準備。

とりあえず持ってきたウィダーインゼリーを飲む。
スタートはCブロック。
動き始めるランナーたち。

--お、遅い!

前が詰まって動かない。
そう感じるのもその筈、 当時皇居4週約20kmの大会で87分、川崎ハーフマラソンで1時間26分だったので、1km約4分ペースで走りなれていた。 前が詰まっている上にフルマラソンを知っているサブ3.5の方々は当然、5分程度のペースで走る。 いつも通り走ろうとすると、完全に感覚が違う。

怖いもの知らずに、 道のぎりぎりのラインを走ってどんどん人を抜きながら走り、10km地点までには40分を切るペースに。
沿道も

--Cのランナー(ゼッケンにC●●●●と書いてあるため)が来た! がんばれC!

と騒ぎ出す。そう、私はCブロックでもっとも速いランナー、Cブロック代表の気分。 まさに、ちょっとあれ見なエースが通る、すぐれものゾと 街中騒ぐ、アイツの噂で チャンバも走る心地である。 気温も10度切るくらいでコースもアップダウンがあまりなくフラット、走りやすい。 そして調子に乗る。
中間地点で1時間21分台。

--いける、いけるぞ!

スタートロスを考えると、ペースをある程度維持すれば(前年の)福岡国際マラソン選手権大会の参加資格2時間42分が切れるかも、 間違ってもサブスリーはいける、ペースを落として30km過ぎで勝負をかける、 と、完全に勘違いして走る。

24km位だったか、いためていた腸脛靭帯が痛み出す。 急に不安が襲ってきたため、km4分超えるくらいにペースを落とす。

が、もはや着々と進行しくる腸脛靭帯の痛み。
28km地点で痛くて足が止まる。 とりあえず進めるところまで進もう、歩きながら進む。

--棄権しなよ

私の心にすくうヘタレが話しかけてくる。 が、フルマラソンを走ると、一部の人間に話していたため、歩いてでもゴールを目ざす。

頑張れ!との沿道の声い対し、私の痛みがわかるものか(心の痛みではなく、実際に痛い!)、と思いながら進む。 Cブロック頑張れ、といわれていたときとエラい違いである。 それでも、完走メダル発行とパンフレットに書いてあったため、完走したYOとメダルをかざしながら言いたいがためだけにひたすら進む。

地獄の12kmを足を突っ張った状態で、歩いたり走ったり(時には座って同情を誘ってみたり)しながら進む。

結局ゴールしたのは3時間34分。中間地点以降2時間以上かけてゴール。 奇しくもゴールの予想タイムとほぼ同タイム(笑)。先見のめがあるぜ、 と思いながら武勇伝にどう仕立て上げるか考えながら帰途に着く。

新宿から古河までJR宇都宮線一本でいけるし、実際には非常に走りやすいコースで、万全であればかなりいいタイムがでていたかもと思いながら、 30kmの壁、35kmの壁といわれるゾーンを体験する前に故障発生したのが少し残念。 ただ、まともに走れればと思い、希望を抱き、その後心折れず走り続けられたのもこの大会のおかげだったように思う。

第1回としては運営もスムーズだったのではないでしょうか。 またリベンジで参加しようと思います。


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